特集

48号(2019年7月発行)掲載

ワールディア プロジェクト

 この春からキャンパスに大きく掲示されるようになったWorldea(ワールディア)のポスター。東西キャンパスとも学校に来た瞬間、巨大なポスターが目に飛び込んできます。ワールド? 英語やらされるの〜? なんて声が学生から聞こえてきそうですが、Worldea プロジェクトは単なる英語力強化のプロジェクトではありません。特集では、このWorldea プロジェクト、どんなことになっていくのか、それぞれの領域のキーマンになりそうな先生方にお話を伺ってみました。

Worldeaって「?」

 Worldeaとは、「World(ワールド)」と「Idea(アイデア)」の造語、WorldクラスのIdeaを自分のものにすることを目指す教育プログラムと説明されますが、具体的にどんなことを意味していることなのかよくわからないというのが実情ではないでしょうか? Worldeaについて具体的にする前に、その背景について説明しましょう。
 本学では、BORDERLESSとして領域の壁をなくし、「音楽」「美術」「デザイン」「芸術教養」の4領域を融合的に捉え、新たな価値を創造することができるような新たな枠組みを作り、横断的に学ぶことのできるカリキュラムを拡充してきました。これらの教育改革を行う中、社会の変化や専攻各分野において対応すべき問題が顕在化してきました。
 一つは、英語教育の必要性です。産業界では世界規模での競争が始まり、自動車産業をはじめとするほとんどの産業においてグローバリゼーションに対応しなければいけなくなったことは誰もが知るところです。以前よりも海外が身近になり、海外へ行くことも、また、海外から日本へやって来る人も大きく増えました。芸術、デザイン、音楽、どの分野においても、英語でコミュニケーションすることや英語を使って海外へ向けて情報発信することは、日本の経済規模が縮小する状況下、非常に重要なことになってきたといえます。海外へ留学したり、海外の企業へ勤めたいという場合でなくても、英語を使うことの必然性は大きく高まりました。これらに対応するため用意されたのが「グローバル」セクションです。
 もう一つは、専門領域の動きです。領域の壁をなくすことで、新しい価値を創造することに目を向けることになりましたが、一方で専門分野でのより深い学びが求められることになりました。とりわけクラシック音楽、ファインアートといった領域では、これまでよりも深化した学びの機会の提供が非常に大切となりました。そのため、より質の高い学習の機会や方法を模索し、レベルの高い教員を招へいする動きが始まりました。これが「アート/エデュケーション」セクションへとつながりました。
 さらに近年では、大学の費用対効果が厳しく問われるように社会が変化してきました。これまで芸術大学という組織は、創造的な能力に優れた人材の育成に重点が置かれていました。しかし、社会や価値観の多様化、また、長く続く低成長期の時代の要望もあり、創造的な職業に就く人であっても、大学卒業後、安定して社会・企業に役立つ知識や技術、社会性の修得が望まれるようになってきました。卒業後、専門性を生かした進路に進む場合は当然ですが、価値観の多様化や経済的な事情からクリエイターにならない進路を選択する場合もあり、そのための手当ても芸術大学の教育に求められるようになりました。これらの変化を踏まえて考えられたのが、「キャリア」セクションです。
 Worldeaプロジェクトは、これら「グローバル」、「アート/エデュケーション」、「キャリア」の3つのセクションで構成されており、これらに呼応する形で、しかも、それぞれ個別の役割を一元的に見えるようにするための枠組みです。
 3つのセクションのうち「アート/エデュケーション」に関しては、過去において個別に教授指導で行われてきたようなところがあります。個人的なコネクションを使い、海外研究機関への留学や特定の企業とのワークショップやインターンシップなどが行われてきました。しかし、これらはあくまでも特定の講師の個人的なコネクションを活用して行われてきたことであり、その講師の異動や状況の変化などにより、取り組みが途絶えてしまうようなことが起こっていました。こうした取り組みをWorldeaという枠組みに取り込むことで、属人性を軽減することにつながり、大学組織としての取り組みへと転換させることで継続的に実施されるという期待もあります。
 Worldeaは、BORDERLESSとして始まった大学改革をさらに推し進め、学生の要望に応えつつ学生の能力や価値をさらに高め、教育の質をさらに向上させるためのプログラムなのです。

Worldeaプロジェクト 3つのセクション Worldeaプロジェクト セッション別取り組み概要
イメージ

Worldea オナーズ プログラム

 Worldea プログラムの中でも気になるのが、努力の認められた学生を対象に行われるオナーズ(選抜者)向けのプログラム。音楽、人間発達では、その内容が一部明らかにされています。現在、各領域ではどんなことをやろうか検討中。そこで、キーパーソンとなりそうな先生に、どんなことを考えているのか聞いてみました。

音楽領域

山田敏裕教授

鍵盤楽器コース 学長補佐
名古屋音楽学校 副学校長

山田敏裕 教授

世界で活躍できる音楽家を育成する

 音楽領域では、Worldeaの構想が出てくる前からこうしたプログラムをスタートさせています。2018年9月に、世界的に活躍しているピアニストの横山幸雄さんをお招きし、公開講座を行いましたが、それをきっかけにさらに本学の教育へ携わっていただきたいと交渉を進めてきました。
 そうした中で、これまでの既存の音楽大学で行われている教育とは一線を画す、レベルの高い教育はできないだろうかという話になり、名古屋音楽学校も含めて幼少期からの教育システムを構築しようということになりました。目標としては、世界で活躍できるレベルのピアニスト、音楽家を育成することです。現実的に考えてみると、大学4年間の教育だけでは限界があり、幼少期からの教育が望ましいということになり、名古屋音楽学校では、早期才能開花プロジェクトとしてオーディションで10名を選抜し、この4月から取り組んでいます。
 もちろん大学での教育の質の向上も図ります。マンパワーの面でも強化するため、やはり世界的に活躍する上原彩子さんをお招きし、特別レッスンなども行います。現在、ピアノに加え作曲に関しても非常に優秀な学生がおり、その学生をしっかり育成していきたいと考えています。国内で演奏できる機会を増やしたり、夏には海外へ派遣し、英語教育や交流を深めてきて欲しいと思っています。
 このほかにも、大学院分室を東京に設置して幅広く教育できるような仕組み作りや、学生のみならず指導者の育成も始めています。Worldeaという枠組みの中と、その周辺でもさまざまな取り組みを行っています。

一般聴講も可能な横山幸雄氏による〈ピアノ演奏解釈〉の授業風景。ピアニストに必要な考え方、演奏法を具体的に受講者に伝えている

人間発達学部

堀場みのり講師

子ども発達学科

堀場みのり 講師

さまざまな経験が豊かさを育む

 海外の保育や芸術にふれることができる研修プログラムを展開します。これまでも海外語学短期研修プログラムがありましたが、さらに濃い内容のものになると思います。
 今年度はハワイへ行くことになりますが、保育施設の見学や保育の体験、芸術的な建築物の見学、ホームステイなどを予定しています。保育の側面だけでなく、現地の生活や文化、スケール感の違いなど、わずかな期間かもしれませんが感じて欲しいですね。個人的には、名古屋芸大の学生は、まっすぐ過ぎるところがあって、資格を取るためであるとか、必要なことだけを勉強しているような印象を持っています。資格を取ったり、アルバイトなどで社会経験を積んだりすることも大切ですが、それだけでなく、世界の様子を知ったり、豊かに生きることの意味などを考えたりすることがとても大事で、そのきっかけになってくれればと思います。
 英語でのコミュニケーションも重要です。私自身、英語の文章を読んだり、書いたりすることはあまり得意ではありませんが、海外へ行ったときは一所懸命話すようにしています。知りたいと思うことや、伝えたいという気持ちがあれば、どこまでもコミュニケーションはできるはずです。
 帰って来てからは、ワークショップや北名古屋の地域の人たちに報告する機会を作ろうと準備しています。経験を積むことが大切で、いろいろなことをやって欲しいと思っています。

リズム体操部員と日本に語学研修に来たラート選手との国際交流

芸術教養領域

早川知江准教授

リベラルアーツコース
芸術教養領域主任補佐

早川知江 准教授

意欲のある学生に門戸を開く

 まずは、グローバルセクション、学生全員に当てはまる部分からです。これまで、英語の授業というのは全員一律に同じクラスでやっていましたが、最近では英語力の非常に高い学生がいることが普通になってきました。そこで、今年度は4月のオリエンテーションで全員にGTEC(Global Test of English Communication)という英語のテストを受けてもらい、上位を別のクラスに分けるようにしました。昨年度までは、英語の苦手な人を基準に理解できるような授業を行っていたため、能力の高い人にとってはつまらないし、英語力も伸びない内容だったんです。これまでも優秀な学生はいたと思いますが、とてももったいないことをしたなと思います。また、英語が苦手だと思っている学生にとっても、英語力を本当に身につけようと思ったら、一から教えることができるので、とてもいいことではないかと思います。上級者には、英語でプレゼンするだとか、海外へ行くための準備講座だとか、そうした内容も準備していると聞いています。
 それから、東西キャンパスで英会話ラウンジを始めています。英会話の練習をしたいと、授業外に私のところに来る学生が以前からいましたが、数が多いと対応しきれず申し訳なく思っていました。意欲のある学生にも学ぶ場所ができてよかったと思います。
 芸術教養のオナーズの部分では、やはりグローバルな視野を養うということで海外派遣などを考えています。ただし、こちらがプログラムを用意するのではなく、例えば『海外の大学のサマースクールに参加+自主研修』であるとか、『海外でインターンシップ+自主研修』であるとか、プランを練るところから学生自身でやって欲しいと思っています。どんなことをやるか、予算はどれくらいか、帰国後はどうやって社会に還元するかなど、案を具体化して、それをプレゼンしてもらい、選抜するような形式を考えています。

英会話ラウンジ。現在のところ週1日だが、1回40分、1日5コマの講座が開催されている

デザイン領域

水内智英准教授

ライフスタイルデザインコース
国際交流センター長

水内智英 准教授

ローカル、グローバルを超えて

 個人的にはWorldeaに大きな可能性を感じています。Worldという言葉にグローバルとのつながりを思い浮かべますが、世界が隅々までつながり限りなくフラットになる時代にあって、世界に通用する考えや新しい発想はローカルにこそあるのではないでしょうか。グローバルとローカルを対置して考える時代から、次のステージに移りつつあるように思います。ローカルはグローバルの部分的な現場であり、グローバルはローカルな現場の複合体で、いくつものローカルが集まった状態であるといえます。さまざまなことが発信され伝えられる現代では、ローカルな知恵や技術は瞬く間にグローバルに拡がり、グローバルな状況は常にローカルに影響しますし、また影響を受けています。そんな時代になった今、必要とされているのは「本当の価値」を編み出せる力ではないかと思います。これこそがこれからの「現代を生き抜く力」だと思います。ローカルな価値をいかにグローバルな文脈で読み取れるか、また、グローバルな情況をいかにローカルの中に見いだせるか、そうした中から本当に価値のあるものをどうやって創り出してしていくか、こうした力が今後ますます重要になってくると思います。
 この力を養うためには、私がそうであったように、留学体験も一つのきっかけになると思います。ただし、ただ単に外国に出て新しい学問を学ぶということが大切なのではありません。異なった文化や背景をもつ外国人の中でいかに自分が異質な存在であるかを自覚すること、また、いかに多くの異った背景や考え方を持つ人々と出会えるか、そうした経験を得ることがとても大切だと考えます。そういう意味では、異質なものや異なった価値観があふれる芸術大学という環境は、今後の世界を拓くための基礎固めをするのにとても適した場所ではないかと思います。物理学者デヴィッド・ボームは、本当の創造的なアイデアは異なったものが出会うことでしか生まれない、と指摘しています。ローカル、グローバルという対立軸ではなく、双方が共生し議論ではなく対話すること、異なった価値観を持つものが深いコミュニケーションを続けることで、新しいアイデアが生み出されるといっています。創造には、異なった価値観にふれること、また、自身が持つ価値観の特異性を知ることがとても重要といえます。そして、それを行うための環境として、芸術大学が果たす役割は大きなものです。そうした芸術大学の機能自体を高めるプロジェクトがWorldeaではないかと思います。
 デザイン領域でも、ローカルとグローバルの領分を軽く超えていけるような、そんな力を学生たちが自ら獲得できる大胆なプログラムができればと構想を練っています。

英国ロンドン大学ゴールドスミス校大学院時代、専攻科の仲間たちと

美術領域

秋吉風人准教授

秋吉風人 准教授

田村友一郎准教授

東京藝術大学大学院 美術研究科
グローバルアートプラクティス専攻非常勤講師

田村友一郎 准教授

「?」から可能性を拡げる

秋吉:アートの世界では、特定の誰かを選んで育てるというのは、なかなか馴染まないですね。
田村:音楽は技術によるところが大きく、ある意味アスリートに近いところがありますが、美術の場合は人生経験のようなものも反映され、急に作品がよくなったりすることがあります。なので、育てるというのはちょっと違うように思います。
秋吉:今、洋画コースということもあり、絵画を中心に授業が行われていますが、今の時代、絵画だけでなくアートを全般的に捉えなければいけないようになっています。今後アーティストを一つの職業として視野に入れるならば、入学当初からペインティング以外のメディアにもっとふれられる機会が欲しいですね。
田村:洋画は、一人ひとりブースで制作していますが、まるでマンガ喫茶のブースのようです。それでは作品が小さくまとまってしまうんじゃないかと思います。環境が、思考や作品に少なからず影響します。そのあたり、上手くアテンドできればと思いますし、より多くの人がかかわるような作品作りの体制にしていきたいです。
秋吉:田村君がベルリンにいたときは、オラファー・エリアソンという世界的なアーティストのインスティチューションで 1年間研修していたのですが、そのインスティチューションに付随する彼のスタジオにはスタッフが80人以上いて、1人の作品をスタッフ80人で創っていくようなスタイルでした。そういった作品の作り方が今、普通になってきている現状があります。
田村:工房があり、テクニシャンと呼ばれる専門職が多数いて作品を創ります。テクニシャンは、美術の素養が高く、作品の意図を理解してより効果的に見せるための技術を持っている人たちです。そういった人たちやキュレーターのような人たちにも来ていただいて作品にかかわってもらう。そういうことができればいいのではないかと思います。
秋吉:教えるというよりは、情報をシェアすることしかできないです。プロとして活動しているアーティストたちは、勉強するという感覚は持っていないと思うんです。興味があることに対して調べていくうちにいろいろなものに当たり、それらがつながり、誰かに何かを教えてもらうのではなく、興味のある人と情報をシェアしながら作品を作っています。そういう形にフォローできればと考えています。
田村:例えば、先生が作品を作っていくプロセスを間近で見ることができれば、作品のクオリティーについて実感を持てたりすると思います。教えるというよりは、現場で何かしらのことが起こっていく状況を見せることです。リアリティーとして体感する、そうしたことが大事だと思います。
秋吉:美術というのは、いい作品にふれたときや濃い経験をしたときに発露するわけじゃないですか。そういう機会を増やしてあげることが大事ではないかと思います。
田村:今年の夏にニュージーランドの美術館の個展で発表する作品では、アメリカンコミックをひとつのツールとして扱おうと構想しています。それで、マンガを描ける人を探していたのですが、学生にマンガの上手い子がいると聞き、イメージサンプルを描いてもらいました。それをあちらの美術館の学芸員に見せたところとても評判がよく、結局、その学生に参加してもらうことになりました。こうした一見イレギュラーなことが可能性を拡げるのではと思っています。クエスチョンがあってアンサーがある、先生がいて学生がいる、そういう単純な関係性ではない、オルタナティブなコミュニケーションというか、そういう関係性がいくつかできてくれば、その中から面白いものが生まれてくるのではないかと思っています。
 Worldeaと聞いても「?」ですが、「?」をポジティブに捉え、教えるというよりも制作する現場を共有するという体験が、また新たに面白いものを生む。そうした体制を恣意的に作っていけたらと思います。

今夏、ニュージーランドで展示する田村准教授の制作中の作品の一部。オリジナルのアメコミがモチーフとして使われ、洋画コース2年生の瀬古亮河さんが作画を担当している